
2011年
私は日本の震災復興を願い、
大理石彫刻3部作「祈りのシリーズ」を制作した。
英語タイトルは「For Japan」だった。
この話は、どこからはじめていいのか、自分でもまだよく整理ができていない。
3部作の中の最終作品を、私は「EMERGE」と名付けた。
EMERGEとは、
「暗闇や苦境から抜け出す、太陽等が昇る」という意味である。
これを上手く言い表せる日本語がないので、
日本語タイトルは「光へ」に決めた。
困難な状況でも、なお光を目指して生きたいという
祈りにも似た呼びかけだった。
彼女は今、石の中から目覚め、出てこようとしている。
そこに私は全身全霊で復興の祈りを込めた。
震災から9ヶ月後、「2011年12月11日」
EMERGEは完成し、
私はその日付でサインを入れた。
「2012年2月13日」
午前10時30分頃、
震災復興の祈りをこめて制作した大理石彫刻「EMERGEー光へ」は
何者かによって破壊されて発見された。
事件はおそらく2月11日または12日の夜に起こったと推定された。
彼らが彼女を盗難しようとして失敗したのか、単なる事故に巻込まれたのか
全ては謎のまま、謝罪の言葉もなく
私の目の前には、ただ「コワサレタ彼女」が横たわっていた。
どこからともなくたくさんの人々が集まってきたが
誰も私に声をかけることはなかった。
きっと誰かが何かを言えば、私はひとりで立っていることもできないほど
まるでヒビだらけのガラス細工のように意識も感覚も壊滅していた。
「コワサレタ彼女」を取り囲んで、
彫刻スタジオは葬儀のようだった。
「なんて皮肉なー。」
と人々は遠くで囁き合った。
彼女を目にすることも、触れることも、語ることさえも、
私には堪え難い苦痛だった。
よりにもよって、何故、
復興を祈念したEMERGEに、こんな事件が起こるのか?
私は自分のスタジオにもどって
キャンドルを灯し嫌というほどひとりで泣いた。
「何事にも永遠は無いのだ。モノは壊れるのだ。」
と何度も自分に言い聞かせた。
でも涙は止まらなかった。
彼女はもはやただの石ではなく
EMERGEという名の私の分身だった。
不思議と誰かを恨むという気持ちは無く、
私はただひたすら哀しかった。
しかし
3日ほど泣き明かして3回目の朝を迎える頃、
私にはぼんやりと
この事件の本当の意味がわかってきた。
「私は試されている。」
痛みと哀しみの中で、傷を抱えながら、
それでもなお、光を目指して生きられるのか。
果たして私にその精神力と能力があるのか。
世界にいったい彼女を救う術は存在するのか。
私はまず、
正面から傷ついた彼女と向かいあわなければならなかった。
傷口を正しく理解しなけば、何もはじまらないからだ。
技術的には、
あそこまで完璧に磨き上げた作品を
どんなに修復しても限界があると誰もが思った。
それは、かつて私が
一度も踏み込んだことのない未知なる領域なのだ。
だからと言って
私があきらめてしまったら、
一体誰が彼女を救うのか?
EMERGEはまるで「日本」だった。
私は沈黙のまま
来る日も来る日もひとりで彼女と向かいあった。
スタジオの1室はオペレーションルームとなり
まるで集中治療室のように何週間も
大きく「立ち入り禁止」のサインが貼られた。
「ただベストを尽くそう。
もとのように完璧にはなれなくても、
きっとどこかにはたどり着けるはずー。」
ああ、どうか3月11日の一周年を
復元させて
再生させて
彼女と共に迎えたいーと
私は願った。
*
映像作家ルディ・ブラボが
「EMERGEー光へ: 破壊から再生の物語」を
短いドキュメンタリーにまとめてくれました。
ご高覧いただければ幸いです。
ニューヨークから
ありったけの愛をこめて
吉野美奈子